ら抜け問題?!

リクルート発行のフリーペーパー
「R25」の調査によると
面接経験豊富な30〜40代の上司世代が
面接時、最もイラつく「若者言葉」が

「見れた」
「食べれた」等の
「“ら”抜け言葉」なんだそうだ。

「幼稚な印象を受ける」
「“ら抜け言葉”がいちいち気になって
肝心の話の内容が頭にはいらない」との
上司のコメント。

社会人2年目のKさんは
あるメーカーの面接で
「もし入社出来たら
海外の生産現場に行かせて頂いて
“見れる”ものは何でも見せて頂きたいと思います!」と
言ったらしい。

すると面接官が
「君さ、それを言うなら
“見られる”だよね。
海外の前に日本語を勉強したら?」と
言われて非常に憤慨し

「細かな言葉遣いが
そんなに大事な事なのか?」と
疑問を呈していた。

マナーコンサルタントの西出氏によると
間違った言葉遣いを使い続けていると
自分自身が恥をかくので
「それを不快に思う人がいるのであれば
使用しない様注意すべき」と、言う反面
マナーの上で大切なのは
「指摘の仕方である」ともコメント。

私も小さい頃
「ら抜け言葉」を使って
父に非常に厳しく注意された記憶があり
この「ら抜け言葉」には神経質になってしまった。

このら抜け問題(?!)は
何度も書き込みさせて頂いておりますが
「言葉は時代と共に変化するものだから
順応しなさいよ」と、夫は言うわけですな。

確かに映画の字幕スーパーですら
「見れるよ…」なんて訳していますから
もう「ら抜け言葉」は完全に
市民権を得ているのでしょうな。

確かに正しい言葉遣いは知らないより
知っていた方がいい。

しかしマナーコンサルタントの西出氏の
「指摘の仕方が大切」というのは
本当にそうだなぁ…と、思う。

私の幼少期…
「食べれない…」発言に対して
父はそれはもう…落胆した表情をして私を見つめ
「食べ“ら!!!!!‘れない…だろっ!!!」と
吐き捨てる様に言うのよね。

特に「ら!!!!!」と、大声で強調。

また
「全然大丈夫…」発言に対しても
「全然の後は“否定形――――――っ!!!!”」ですから…。

「ら!!!!!」
「否定形――――っ!!!!」と
まぁ…ダイナミックに叱られましたし
とにかく父の落胆した表情が
「あぁ…お父さんをがっかりさせてしまった…」と
子供心にショックでしたからね。

そういった子供が成長すると
例えばTVを見ていて
「な、何っ?!ゴイサン!
今のレポーターのコメント聞いたぁ?!
『全然食べれますぅ〜』って言ったよね?!!ねっ!ねっ!
ありえねぇな…。
全然+否定形――っ!
食べ“ら”れますぅぅーーっ!だよっ!バカッ!」と
TV画面に怒鳴りつけ
いちいちイライラしてしまう大人になる。

これは如何なものか…。

ここで…
「ら抜け言葉」の起源を知りたくなり
調べてみたら
なんと!関東地方では
大正時代から始まったが
国家の教育方針の元、
抑制されてきたんだそうな。

そもそも言葉の乱れは
今に始まった事ではなく
清少納言も枕草子で
若者の言葉の乱れを嘆いている一節も
あるらしい。

ふ〜ん…そんなモンなんか…。

清少納言クラスまで出てきてしまうと
もう…ぐうの音も出ないと申しますか
「ら抜け言葉」でイラッとしてしまう我々は
大局的に見てみると
小さいなぁ…と、反省。

父が他界してから
時々ふと
「その辺はどうなのよ?」と
あらためて問いただしたいリストというのが
段々増えてくる。

今回もこの「ら抜け言葉の起源は大正時代?」は
絶対に彼は知らなかっただろうし
その辺もお酒を交えながら
「どうなのよ?」と、聞いてみたいですね。

盛り上がりそうですなぁ…。

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犬達

今日は天気が良かったので
ラブラドールファミリーは
庭でのんびりと遊んでいたようです。

甲斐甲斐しく子犬の世話をするマツ。




父親の道三も
案外、子育てに協力的(?!)な様です。





ボーダーコリーの早雲は
トリーミングをしてもらいました。



この子達がいれば
何もいらないなぁ…と、
心から思います。

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Hさん

Hさんは家族ぐるみで
昔から父のクリニックに通って下さっていて
父が他界した現在、弟の元に通って下さっている。

また
わざわざ私のクリニックの方にも通って下さっていて
彼が治療におみえになると
ついつい父の昔話になる。

「実は、一度だけ
亡くなった先生のご自宅に
お邪魔した事があるんですよ」と、おっしゃった。

ある日、
Hさんは朝の5時頃
手を切ってしまい
父のクリニックに行ったらしい。

もちろん診療時間前。
朝、5時ですからね。
クリニックは閉まっているから
自宅の方に行かれたそうだ。

すると父が
「Hさん、
俺、今、朝飯を食っているから待っていてくれる?」と、言い
Hさんは父の食卓に一緒に座って
待っていたそうだ。

その後、一緒に隣の建物の診察室で
Hさんは手を3針縫合してもらった後
「Hさん、朝飯まだだろ?
食っていけよ」と、父に言われたらしい。

「そういう先生のお人柄が
大好きだったんですよね」と
仰って下さった。

父は戦闘機関係…
特に飛行機と戦車が
大好きだったわけですが
クリニックの待合室に
ラジコンで動く大きな戦車がディスプレイしてあり

「アホくさ…。待合室に飾るかなぁ…普通。」と
私はせせら笑っておりましたが
Hさんも戦車が大好きで
「あの戦車はいいんですよねぇ…。
先生と、よくその話で盛り上がってねぇ…」と
懐かしそうにされていた。

「ご迷惑でなければ
もらって頂けますか?」と、申し上げたら

「えぇっ?!」と、驚かれ
「あれは非常に高価な物ですし
私の様な者が頂くわけにいきませんよ!」と、仰る。

それでも是非…と、お願いしたら
非常に喜んで下さった。

おそらく父も
大好きなHさんにもらって頂けて
喜んでいるだろうな…と、思うのです。

父は私にとって
一番長く付き合いのあったオトコですから
彼の喜びそうなコトはわかるんです。

彼のお得いの
ちょっといたずらっ子の様な笑顔で
「チヒロ…、お前…いい事をしたな。」と言われるのが
私のアイデンティティの源でしたから
今回も例のニヤリとした顔を
してくれていると思います。

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昭和大橋歯科医院 Dr.chicoの日記

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