セナ

ニキ・ラウダという伝説のF1レーサーの映画「ラッシュ」を観て
やっぱり昔のF1は面白かったよなぁ…と、あらためて思い

となると、やっぱりアイルトン・セナですかね。

2013年に発売された彼のDVDを観ております。

私より7歳年上の彼とは
私は結婚する予定でおりましたから(勝手にね…)
娘時代は彼のレースはTVで毎回観ておりました。

ポールポジションからの
最初のコーナーがまず固唾を呑む瞬間でございましたし

そろそろピットインした方がいいのではないか…とか

タイヤ交換のタイムが7秒代じゃないと困るわけで

一喜一憂しながらの観戦でございましたから
勝った時の嬉しい事!

ですから
20年前の94年、
マクラーレンからウィリアムズ・ルノーへ移籍して
同年のサンマリノGPでのあの事故。

呆然とした方も多いと思います。

私もその一人。

彼の死とともに
私はF1は全く観なくなりました。

最近はどうなのか全くわかりませんが
当時はとにかくF1は流行りましたね。

結局、私の様なモータースポーツに興味のなかった人間…特に女性が
F1にあれだけ熱中したというのは

やはりセナがハンサムだったから…という理由が
かなり大きかったのではないでしょうか。

「こんな素敵な人がいるのか…」

完全に一目惚れでございました。

彼は当時は独身でございましたから

「セナと結婚したら、
私は歯医者をやっぱりブラジルでやるんかな…」なんて
本気で悩んでおりましたから
やや…いや、かなりの
妄想癖及びストーカー傾向が強かったんでしょうかね。

お付き合いされている女性との写真を目にすると

「どーせ、お金目当てでしょっ!
こんな女っ!確かに綺麗だけれども、絶対に性格が悪いわよっ!」などと
吐き捨てる様に言っておりましたが

そういう私が一番性格が悪いッスね…今、考えると。

彼が最後のレース前に、電話で話したという彼女の
当時21歳だったアドリアーノ・ガリステウさん。

当時はネットがあまり普及しておりませんでしたから
写真でしか知りませんでしたが

後にTVで一度、セナの死後のインタビューを観ましたが
ブロンドの美しい娘さんで
とても繊細で控えめな女性という印象でございました。

私は、彼女のその後の動向は
時々チェックしておりました。

例えばですね…
マリー・アントワネットのお母さんである
マリア・テレジアは夫のフランツ1世が亡くなると
その死をとても悲しみ
生涯自分が没するまで喪服を着ていたというのは有名なお話ですが

セナの元カノだった
そのアドリアーノさんはですね…

セナの死を悲しみ
修道女になった…なんてぇ具合でしたら
「ほぉう…。なかなかいいお嬢さんじゃない?」と、思えたのですが

セナの死後に
マスコミに引っ張りだこになり

タレント活動やらTVの司会者やらと
メディアにどんどん出てきまして

雑誌プレイボーイでは
見事なフルヌードを披露してみたりして

私の中ではセナはあの時点で止まっておりますから
「セナはどう思っているのだろう…」と
何とも言えない複雑な心境で彼女を見ておりました。

しかしですねぇ…

「つか、鬱陶しい小姑みてぇな発言ばかりしているけれども
あんただったらどうするの?」と、聞かれると

もちろん彼(セナ)は敬虔なカトリック教徒ですから
私も洗礼を受けますし
彼の死後は
修道院に入ります…と、言いたいが…

う…ん、マスコミに出ちゃうかなぁ…いや…出るな。

私の性格からして…やる気満々で出るでしょうなぁ。

セナとの手記も出版したりしてね。

フルヌードの依頼は何故か(?!)全く来ないわけですが
バラエティ番組にも出たりするでしょうなぁ…。

歯科のお仕事はそっちのけで
体型をいかしてグルメレポーターになるも
結果的にTV業界から飽きられてしまって
かといって歯科業界には戻れず

ジャパネットたかたの
TVショッピングに出演し
「えぇっ?!!そんなにお安いお値段なんですか?!!欲しい!!!!」なんて
言ってみたりしてね。

末路は惨めなものかと…。

ですから
私はやっぱりセナと結ばれなくて良かったのかもしれませんね(遠い目…)

(↑アホなんですかね…)

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昭和大橋歯科医院 Dr.chicoの日記

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